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小野酒造店

創業元治元年 中仙道は小野宿の歴史と共に「夜明け前」

旧中仙道、三州街道の入り口として栄えた信州小野宿。
空は澄み、水は清く、緑豊かな山紫水明、冬季の厳しい寒さは寒造りに最適な地と言われております。

その小野宿にて、元治元年(1864年)小野庄左衛門によって、小野酒造店は創業されました。

江戸時代から文明開化を経て明治の世になると、酒株が廃止され、慣札を受けることで誰でも酒造店を営むことが出来るようになり、小野(当時は小野村)にも、小野酒造店2代目小野庄助の他にも、4件の造り酒屋がありました。

しかし、この頃は政府の酒造技術向上の指導が遅れていたため、「火落ち」(出来上がった酒が蔵の中で濁ってしまうこと)が生じてしまうことが多く、それにより没落してしまう酒造家も多く、現辰野町地区20軒に及んだ酒造家が、大正の時には当社含め2軒となりました。

その後、昭和に入り、現在では辰野町では唯一の造り酒屋として残っております。

小野酒造の酒造り

夜明け前

小野酒造店は、早くから備前や播磨等の良質米を原料として仕入れ徹底した精米を行い、優れた杜氏と共に研鑽を重ね、昔ながらの酒造りの手法を守りながら、新しい挑戦を行っています。

新しい設備を取り入れつつも、肝心要である、蔵人と酒を育む微生物たちが直接ふれあい、競い合う、「手造り」の伝統を忠実に守り通しています。
酒造りを実際に手がける「杜氏」「蔵人」の意欲的な研鑽のなかで生まれた銘酒は、地元はもとより、全国各地に於いて高い評価をいただいております。
ブランド「夜明け前」は、近代化と伝統手法、杜氏の新しい試みから生まれた酒です。

「夜明け前」銘と島崎藤村

simazaki

島崎藤村の代表作「夜明け前」は日本文学を代表する名作であり、主人公である青山半蔵(藤村の父島崎正樹がモデル)の鮮烈な生涯は、まさに明治維新を迎える大変革の時代を背景とし、息をのむものであります。

藤村の父・島崎正樹は、たびたび小野の地を訪れ、当地に在住する平田派の国学者、倉澤義随と親交を温め、また、算術の師である小野圃峰より和算を学びました。

このことは「夜明け前」にも登場し、小野の地と「夜明け前」とは深い繋がりがあることがわかります。

昭和40年代後半、小説「夜明け前」と小野との繋がり、また当社の創業が日本の夜明け前の時代と言われる明治維新前夜である「元治元年」(1864年)であることによ り、「夜明け前」は昭和47年に島崎藤村生誕百年を記念して、販売を考案いたしました。

本商標「夜明け前」の名は、島崎藤村の嫡男、初代藤村記念館理事長、故島崎楠雄先生より直接使用する事を許可していただいたものです。
「夜明け前」の数々の製品には、島崎楠雄先生が、特に当社のために運筆された「夜明け前 序の章」が印刷されています。

これからの「夜明け前」

わたしたちの「夜明け前」には約束があります。
「この名を使う以上は、命に変えても本物を追求する精神をお忘れなく」
これは、故島崎楠雄先生との約束です。

専任杜氏と蔵元によって生み出される酒は、常に酵母・麹・米・水と語らい、伝統手法を守りつつ、新しい挑戦で造り続けていきます。

酒を愛する人々へ、本当に美味い、本物の「酒」を造る。
それが、私どもの使命です。