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中仙道小野宿

小野宿は、長野県上伊那郡辰野町と塩尻市の両地区にまたがる、初期中仙道・三州街道の宿場町。
塩尻を起点に、南へ向かう三州街道が伊那谷に入って最初の宿場で、この街道中もっとも当時の面影を残している場所です。

小野の地は伊那郡、筑摩郡、諏訪郡の接点で、中世末よりその帰属について常に紛争が絶えませんでした。
豊臣秀吉の支配下となり、領主は、伊那郡は飯田の毛利秀頼、筑摩郡は松本の石川数正となりましたが、小野地区の帰属について紛争が続いていました。

そこで豊臣秀吉は天正19年(1591)小野盆地の中央部での分割の裁定を下し、北方(北小野・塩尻側)を松本の石川氏所領に、南方(南小野・辰野町側)を飯田の毛利氏所領とし、それ以後現在まで分断されたままとなっております。

更に、小野酒造店がある辰野町側の小野は、江戸時代を通じて幕府領(天領)として、繁栄いたしました。